がん病棟のエレベーターで、空気が凍りついた瞬間。
ややさかのぼり、あれは退院の前日。
ドクターから、肺炎予防のためになるべく歩くよう言われていたので、
検査や食事の合間に院内を散歩していた。
もちろん、患者然としたパジャマ姿のまま、
1階のセブンイレブンを物色してからエレベーターに乗り込み、
ドアが閉まろうとする寸前、
二人の女性が駆け込んできた。
60代後半と、50代後半と思われる二人組。
どちらもメイク濃い目でつやのない茶髪パーマ、
スナックのベテランママとチーママ?という雰囲気。
「13階で〇〇ちゃん待ってるって~」
「え~そうなん?」とわちゃわちゃしながら
階数ボタンを押す気配もないので、
「13階ですか?」と聞いてから代わりにボタンを押す。
特に礼を言うでもなく、話を続ける二人。
そして、ベテランママが突然こう言い放った。
「がんセンターってことは、ここにいる人みーんな、がんなんだあ」
一瞬、エレベーター内の空気が凍りつくが、
意にも介さないママとチーママ。
13階でドアが開くと、わちゃわちゃしたまま降りて行った…
ちょうど同乗していたスタッフの女性がこちらを見て、
「ごめんなさいね」みたいな目で語りかけてくる。
正直、むっとしたとか腹が立つとかではなく、
びっくりしたというのが正直な気持ち。
ここまで無神経な人がこの世には存在するんだなあ、と。
ママの言葉には、
「ここにいるのはがんにかかって可哀想な人たち、自分じゃなくて良かった」
みたいな差別意識がにじみ出ているように感じてしまった。
こういう物の味方って、あらゆる差別やレイシズムにつながるような気がする。
人種や性別、職業、性的嗜好などなど、
あらゆる「属性」に縛られ過ぎることから差別意識は生まれるのだと思う。
「自分が属する何か」が正しい、もしくは普通で、
「それ以外の何か」は普通じゃない、もしくは忌むべき存在。
50年も60年も生きて来て、そんな狭量な世界観しか身に着けず、
その言葉を聞いた誰かがどんな気持ちになるかさえ想像できない人たち。
でも、自分だって、いつの間にか安全圏から
人を傷つけてしまう可能性があるかもしれない。
がん病棟のエレベーターで味わった、
ちょっとしたこの心の揺らぎを、
しっかり記憶にとどめておこうと思った次第。